現代は、誰も未来を予測することのできない、VUCA(ブーカ)とよばれる時代です。まさに今は、社会や政治、技術など、様々な面で地球全体で世の中が変わりつつある過渡期です。
ChatGPTなどの生成AIも登場し、今ある職業が近いうちにAIやロボットに代わって取られると言われている一方で、新たな職業が誕生する可能性もあります。
そんな時代ですが、これからも変わらないこと、それは「人間が生きる」ということです。そこで、これからの時代は、従来の工業社会で重視されてきた「効率化」ではなく、「より幸せに」生きることが重視されるようになるでしょう。それが「ウェルビーイング」です。
私はAIなどの先端技術を用いてウェルビーイングな社会をつくりたいと以前からおもってきました。これからも、常に時代の最先端をゆくような人生をおくっていきたいとおもっています。
2025年11月現在21歳、大学1年生(2年浪人)です。通信制のZEN大学で情報系の科目や心理学を学びたいとおもっています。
技術とつらい経験
私は幼い頃から「技術」にふれてきました。もちろん、最初は「つくる」ことはできませんでした。幼稚園児の頃は、身の回りの様々な製品を分解していました。その時は分解するだけで、元通り組み立てることはできませんでしたが、電子部品の名前や役割はわかっていたようです。そうして「壊す」ことで電子回路に興味を持ち、図書館で電子工作の本を見つけ、「つくる」ことにも挑戦しました。
プログラミングは、10歳の誕生日にArduino UNOを買ってもらって、Arduino(C/C++)の勉強をしました。また、これとほぼ同時に、WebデザインやJavaScriptを学び始めました。
中学・高校でもすべて独学ですが、IoTやクラウドなど先端技術にも挑戦し、技術をみにつけてきました。一方、学校に行けない日が増え、高校も工業高校に進学しましたが、そこでも不登校になり、通信制の高校に転校しました。
不登校になったことや、家庭環境やセクシュアリティのことなどで人が怖くなり、自分を傷つける、時には自ら命を絶とうとする、そんなこともありました。
そんな中、得意な技術で同じような悩みを持つ方のために何かできないか。そう考え始め、AIやメタバースを利用したカウンセリングについて研究したいなとおもうようになりました。
現在では、「技術で人を救う」ことを将来の夢として日々勉強をしています。
与えられた能力?
これら電子工作やプログラミングなどの技術は、周囲からも認められ、自分でも自信があります。一方、多くの人にとって難なくできることが苦手です。このような子どものことを、「2E型のギフテッド」というそうです。私も2E特性を持つ「ギフテッド」ではないか?と指摘され、そうなのかな、とかんがえています。
石垣島での活動を通じて、ギフテッド同士の相性や、私のつらい過去が偶然の「ギフテッド教育の成功例」であることが指摘され、2Eのネガティブな側面も含め、ギフテッドであることを誇りに思えるような変化もありました。
私の技術力は、どうやら生まれつきのもののようです。独学で学んだ、と言っていますが、そう簡単に学べることではないでしょう。家族など周囲に知識を持っている方がいなかったため、自分の能力なんだとおもいます。実際、「作ろうと思えば作れる」もので、自分の感覚で自然と何かを作ることができるのです。
具体的な2Eの「才能」の部分は、この「感覚に基づく開発手法」であり、独学による知識ベースのものというよりは、直感的な感覚で、思ったように手を動かせば、なんでも作れる。また、初めて使う技術やツールであっても、教わるよりも実際に触って数回試すだけでそれを理解し、開発に取り入れることができるという、感覚の習得も特徴的です。
また、架空の世界が頭の中に存在し、地図・地名・鉄道・バス・商業施設・企業など、架空の都市をつくることが得意です。すべては数えていませんが、駅名やバス停名も含めた架空の地名の数は、1,000個は超えています。2,000個も超えていました。数える気がなくなりましたが、3,000個、下手したら4,000個も超えているかもしれません。このように、技術力だけでなく「想像力」も私の能力としてあるのかなとおもっています。技術で何か作品を作ることができるのも、この想像力のおかげなのかもしれません。
「想像力」と「技術力」、これは「技術で人を救う」ために必要な能力だとおもいます。
ただ、2Eのネガティブな側面である「多くの人はできるが、私にはできないこと」のほうが圧倒的に多いです。特に精神的な問題は、精神科でも診断され、それが大きな困難となっています。そこで、心理的安全性が確保された環境の整備など、そういった私の短所をサポートしてもらいながらだと、得意な能力を発揮できるのかなとおもっています。
上記で挙げた私の「才能」の部分を発揮するためには、この「困難」のサポートが必要不可欠であり、環境のミスマッチは一切貢献できなくなるという、そもそもの計画の破綻を意味します。その代わり、特性の理解と支援があれば、誰にも負けない技術力を提供できる自信があります。この技術力は、私が本気で「作りたい」と思ったときに発揮され、私がワクワクするような挑戦であるほど、実現可能性が高まります。感覚による開発のため、難易度よりも動機づけの強さが成功を左右する要因となります。
ボランティア活動
地域(横浜)でいくつかボランティア活動に参加しています。
- ケアプラザでの高齢者の会(ミニデイサービス)のお手伝い(高2~継続中)
- 上記とは別のケアプラザでのデイサービス(ときどき)
- おもちゃ病院(修理)(高校卒業後~継続中)
- 石川県輪島市 能登半島地震・豪雨のボランティア(2024年12月)
- 福祉体験イベントのお手伝い(2025年8月)
- 子どもの居場所(2025年夏)
できること
言語は、主にC/C++、JavaScript、Pythonが書けます。PHP、Kotlinも一応扱えますが自信はありません。
電子回路からクラウドまで幅広く理解する必要のあるIoT技術がいちばん得意です。
電子回路は、アナログ回路は苦手です。マイコンを中心とする回路が作れます。もちろん、はんだ付けも可能です。
修理実績も多数あります。最近では駄菓子屋さんからレジスターの修理を頼まれ、修理しました。それ以外でも各種電子機器の修理をしてきました。電気工事士(二種)の資格もあるため、コンセントや照明などの交換もできます。
最近、FPGAの勉強を始めました。Verilog HDLではなくVHDLで学びたいとおもっています。
- KiCAD
- Adobe Illustrator
- Arduino IDE
- MPLAB X IDE
- Visual Studio Code
- ESP-IDF
- 直流安定化電源装置
- デジタルオシロスコープ
- デジタルマルチメータ
- はんだ付け工具一式
- 卓上ボール盤
経歴とエピソード
| 年 | できごと |
|---|---|
| 2004年 | 埼玉県で生まれる |
| 2010年~2011年頃 | 幼稚園でテレビのインタビューを受ける 電子機器を分解した話をして、放送される |
| 2012年頃 | 電子工作をはじめる |
| 2014年 | Arduinoをはじめる HTML/CSS/JSを学ぶ |
| 2016年 | 第二種電気工事士取得 |
| 2017年 | 神奈川県に引っ越す |
| 2019年 | IoTをはじめる 不登校(後半は保健室登校)ながらも、勉強はたのしかったのでたくさん質問をしたり、 ノートをきれいにまとめたりしたことからか学校の先生たちに気に入られ、 応援されていたことが印象に残っています。 |
| 2020年 | 川崎市立川崎総合科学高等学校 総合電気科に入学 |
| 2021年 | N高等学校に転校 ボランティア活動をはじめる |
| 2023年 | N高等学校を卒業 |
| 2025年 | ZEN大学に入学 アルバイトをはじめる |
赤ちゃんの頃は「丸いもの」に興味を持ち、そこから連想し「時計」「機械」と興味が移り、さまざまな機械を分解するようになったようです。
幼い頃は、親が秋葉原でいろいろな部品を買ってきてくれたり、電子ブロックをもらったりして、電子回路にふれていました。小学校をサボってまで秋葉原に行ったこともありました。夏休みの課題の自由研究や工作で、毎年何かしらの賞をもらっていました。
なお、親含め周囲に電気・電子に詳しい人はいませんでした。親は何も知らずに適当に部品を買ってきていたようです。そんな中、「子供の科学」という子ども向けの科学雑誌や図書館の本は唯一の「教えてくれる」先生でした。図書館で見つけた「つくる電子回路」という本は、返しては借り、その後買ってもらいましたがボロボロになるまで読みました。大学生になるまで、すべて独学で技術をみにつけてきました。工業高校に入学したものの、すぐに転校したため授業はすでに知っていることのみでした。
秋葉原といえば、昔秋月電子などがある通りに鈴商という部品店がありました(現在も通販のみで営業しているようです)。そこの店員さんがよくいろいろなことを教えてくれました。それだけでなく、電気工事士の資格を取る前には、ホームセンターの店員さんにも覚えられ、よく電線の切り売りで長さをおまけしてくれていました。「小さな子どもが部品を買う」というのは珍しかったのでしょう。よくいろいろなところで覚えられていました。良くも悪くも変な子どもでした。漢字も読めない中小5で電工二種の筆記試験に受かり、翌年合格。学校の先生やホームセンターの店員さんも驚いていました。
このように、危ないからと止められなかったり、学校の先生、秋葉原やホームセンターの店員さんなど、周囲の方々の協力があって今の技術力につながっているんだとおもいます。技術力だけは自分でも自信があります。未来は私にお任せください!
※小学校低学年の頃に考案したIoTゲートウェイのような装置や、小学5年生の時に考案した防災機器は、現在の開発テーマにもつながっています。幼い頃の経験って、一生モノだね!
そういえば、レジスターを修理した駄菓子屋さんで、子ども向けの電子工作教室をさせていただいたことがあります。私がこのような技術的な経験をしてきたからこそ、これからの子どもたちにも技術に触れるきっかけをつくり、興味を持ってもらえたらいいなとおもいます。最近では「教える」ための教材開発も企画しています。
私がつくりたい未来
AIと人間が共存し、テクノロジーは人間のメンタルヘルスをサポートする。誰も嫌な思いをしなくていい。地球上の全員がしあわせで、戦争や事件は起こらない。いじめ、暴力、暴言は存在しない。自ら命を絶ったり自分を傷つけたりすることもなく、もしも悩んだときはすぐに解決する。差別や偏見はない。みんなが長生きして最期は「生きててよかった」と寿命を迎える。そんなやさしい時代が、近いうちに訪れると私は信じています。そんな時代をつくる存在になりたいです。

私の技術で誰かが喜んでくれたり、救われるといいです。一人でも多く、誰一人取り残さず。みんながしあわせになれますように。